村上春樹氏が書いた雑文69編、デビュー小説「風の歌を聴け」新人賞受賞の言葉、エルサレム賞スピーチ「壁と卵」などを始めとし、人物論、人生論、翻訳論、小説家論と話は多岐にわたります。まず小説家としての僕の定義を村上春樹氏は次のように語っている。

小説家とは何か、と質問されたとき、僕はだいたいいつもこう答えることにしている「小説家とは、多くを観察し、わずかしか判断を下さないことを生業とする人間です」と。
これを物語の創造として詳しく説明する。


良き物語を作るために小説家がなすべきことは、ごく簡単に言ってしまえば、結論を用意することではなく、仮説をただ丹念に積み重ねていくことだ。我々はそれらの仮説を、まるで眠っている猫を手にとるときのように、そっと持ち上げて運び、物語というささやかな広場に真ん中に、ひとつまたひとつと積み上げていく。どれくらい有効に正しく猫=仮説を選びとり、どれくらい自然に巧みに積み上げていけるか、それが小説家の力量になる。

「壁と卵」と題するエッセイでは、小説家が人々から賛辞を贈られ、高い評価を受ける理由を次のように説明しています。

小説家はうまい嘘をつくことによって、本当のように見える虚構を創り出すことによって、真実を別の場所に引っ張り出し、その姿に別の光を当てることができるからです。
そして村上春樹氏が小説を書くときに、常に頭の中に留めていることは、

もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。
ということだそうだ。つまり小説を書く理由は「個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるため」ということです。

村上春樹 雑文集(新潮文庫)
村上春樹
新潮社
2020-07-03