ヒトの発がん仮説にがん幹細胞理論がある。これは、がん細胞のうち幹細胞の性質をもった細胞で、幹細胞の性質をもったごく少数のがん細胞(がん幹細胞)を起源としてがんが発生するのではないかという仮説をいう。
 基礎医学研究者である著者の山崎裕人先生は、まず「医学の歴史」についてこう説明する。
  医学の歴史とは、「病と紛争の戦記」と言い換えることができるだろう。戦争は、自己の生存のために敵を殺すという「悲劇」だ。一方病気は、平和な時代でも容赦なく人命を奪ってしまう「災い」である。ゆえに歴史とは、生存への飽くなき執着によって築かれたものなのだ。
これは自己保存や種保存のために、自己と非自己を区別して、病気と戦う記録が医学の歴史ということだろう。国益と国益を賭けての戦いが戦争であり、政治は武器を使わない戦争ともいえる。さらに続けて著者は、死の恐怖からその闘いをやめられないと、次のように述べている。
  死への恐怖は人間の根源的なものであり、古来人々は「不老不死」を願った。中でもがんは「病の皇帝」と呼ばれ、今もなお、人類はその闘いをやめることができない。
中国の秦の始皇帝も、不老不死の妙薬を求め、国内各地で探させたという逸話が残っている。死の恐怖つまり生への執着は、いつの時代も同じである。始皇帝は、最後に水銀を飲んで命を落とすことになるのではあるが。